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白川郷の秘密
 僕は行ってないのに、前回から当院ドッグダンス部の旅行の話です。

白川郷 (1).JPG 白川郷にも寄ったみたいです。

 夜のライトアップは素晴らしいそうですが、、、
 昔、自転車で訪れました。
 半世紀近く前、高校生の時です。サイクリングの同好会に入っていたのです。
 自転車をたたんで肩にかけ、電車に乗って長野県まで行き、木曽路を走ってまた電車に乗って帰りました。
 「行ってきまーす」と家を出て能登半島に出かけたこともあります。
 携帯電話がない時代に高校生が友達と二人で10日間自転車でいなくなるわけで、当時の親がよく許したなあ~と思います。

 このとき一緒に出掛けたY君は小学生の時からの同級生で、今でも時々会います。かんがえたら半世紀以上付き合ってるわけです。
 いつの間にやら自分の話に持って行ってしまいました。
 (悪い癖です!)

弁天荘.JPG 泊ったのは「弁天荘」
ココ、欄、銀.JPG ポメラニアンも柴犬も泊まれます。
銀蘭.JPG 銀と蘭もくつろいでおります。
眠るココ.JPG 食事中に眠るな! ココはくつろぎすぎ!
たぬきココ.JPG タヌキは宿泊できません!
いのしし.JPG 当然、イノシシも泊まれません!

 宮川朝市にも行きはったそうで、、、

 宮川村には、大学生の頃に行ったことがあります。
 その話は次回に・・・
  • (2019-10-05 10:35:57)
さるぼぼの秘密
 「さるぼぼ」って知ってはります?
 
さるぼぼ.png 岐阜県飛騨高山地方の名産品です。

 岐阜県飛騨地方で昔から作られる人形のことでして、、、
 飛騨では赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言います。
 しやさかい「さるぼぼ」は猿の赤ちゃんです。
 いまじゃあ、飛騨地方のおみやげとしてあちこちの観光地で売られています。

ビール.JPG こんなものまで、、、『さるぼぼビール』

 ロッキー動物病院・ドッグダンス部が岐阜に旅行に出かけました。
 (僕は行ってないけど・・・)

さるココ.JPG これは『さるココ』です。
ひだっち.JPG こっちは「ひだっち」ゆるキャラです。

ドッグラン.JPG ドッグランもあり楽しそうではないですか!

サービスエリア.JPG 最近ではサービスエリアにもついてます。
 
シェルティー.JPG でも、ドッグランは犬と犬が出会う所。

柴犬.JPG 必ずトレーニングが必要です。

 犬は犬同士遊ぶべきです。
 でも、ドッグランでの事故が問題視されています。
 かならずトレーニングしてから連れて行きましょう。

フィールファン.png ドッグトレーニング『フィールファン』

 トレーナーの黒木先生はわざわざ箕面市から出張に来てくれています。
 ロッキーの強い味方でして、日曜にしつけ教室を開催しています。

 ぜひ!(ちょっとCM入ってしもた!)
  • (2019-10-05 00:55:17)
ヤミ米の秘密
 ヤミ米とはなんでしょう?
 食糧管理法に違反し流通した米。自由米なんて呼ばれたりもします。

 では、、、食管法とは、、、?
 国民の食糧の確保および国民経済の安定を図るために食糧を管理し、その需給・価格の調整、流通の規制を行うことを目的とする法律です。
 昭和17年(1942)に施行され平成7年(1995)まで存在していました。

 前回は、戦争反対を掲げて特高警察に捕まり拷問で死んでしまった小説家・小林多喜二先生のことを書きました。
 僕にはそんな勇気がありませんが、子供や孫、ひ孫の時代に日本が戦争に走った場合、陰で軍部や政府の悪口は言いまくるでしょうが、ちょっとだけでも勇気のなかった自分を責めることも忘れないようにしようと思っています。

 そしてもう一人、皆さんに伝えたい人がいます。
 どちらかと言えば政府側、すなわち戦争を起こした方側の人間です。

 山口 良忠さんは、1946年(昭和21年)に東京区裁判所の経済事犯専任判事となり、主にヤミ米等の摘発(食糧管理法違反)で検挙、起訴された被告人の事案を担当しておりました。

 戦争に負けて、疲弊した日本は、恐ろしいほどの食糧難でした。
 国から配給される配給米だけでの生活は絶対不可能だったのです。

 東淀川で農家だった父の家は大丈夫だったのでしょうが、商売人だった母方は苦労したのでしょう。米を求めて汽車に乗り田舎に買い付けに行きました。

 その汽車の中では、時々ヤミ米の摘発が行われます。
 着物と物々交換で手に入れた米を警察官に取り上げられました。
 必死の思いのヤミ米を取り上げられた人たちは・・・

 『おまえらが食べるくせに・・・』とあたまの中で叫んでいました。
 
 それは当たっていました。
 そうしないと飢死するからです。
 僕が当時の警察官なら絶対そうします。

 山口判事はそうしなかったのです。

 配給食糧以外に違法であるヤミ米を食べなければ生きていけないのに、それを取り締まる自分がヤミ米を食べてはいけないという思いでヤミ米を拒否するようになったのです。
 配給のほとんどを2人の子供に与え、自分は妻と共にほとんど汁だけの粥などをすすって生活しました。見かねた親戚や友人などが食糧を送ったり、食事に招待しましたが、それすらも拒否します。イモを栽培したりもしましたが、栄養失調になってしまいます。
 
 そして「被告人がいつまでも未決になってしまう」と療養も拒否します。

 とうとう1947年(昭和22年)8月27日に地裁の階段で倒れ、9月1日に最後の判決を書いたあと、やっと故郷の白石町で療養することとなりました。
 
 しかしながら同年10月11日、栄養失調に伴う肺浸潤(初期の肺結核)のため天に召されました。まだ33歳の若さでした。

 僕はこんな勇気のある行動はできません。
 当時の首相夫人は「夫妻の工夫が足りない」と言ったそうです。
 僕は工夫が足りないのではなく、融通が利かなすぎるのだと思います。
 よく意地を張り続けたなと尊敬しますが、批判なんて絶対ようしません。

 一人の死によって、政府が食管法のあり方を考え直すきっかけとなり、多くの人の餓死を防いだのではないかと思います。
  • (2019-09-23 13:38:15)
特高警察の秘密
 もし暇でしたら2019-09-14「中学教師の秘密」をご覧ください。
 えらそうに国民一人一人も戦争責任を考えるべきだとなどと大それたことを言っております。

 だって、戦争反対を叫んで特高警察に殺された人だっているんだからなんて書いていますが、、、僕はそんな勇気を持ち合わせていません。
 
 ところが、勇気を見せた人は空想の人物ではなく実在していたのです。

 小説家の小林多喜二先生は1903年に東北の貧農の家に生まれました。
 苦学して小樽で銀行員になり、21歳で親に仕送りをするようになったそうです。
 (僕は大学を卒業しても親に食べさせてもらっていました。なさけない!)

 仕事の合間の時間を使って小説を書きました。
 
 『1928年3月15日』
 特高警察の残虐性を初めて徹底的に暴露した小説です。
特別高等警察(略して特高)とは、体制に反対する労働組合員や反戦平和活動家など、政府に逆らう思想犯を徹底的に取り締まる目的で明治末期に設立されました。えげつない拷問で仲間を白状させて反戦者を捕まえていきました。この日に全国で数千人の反戦主義者が捕まったのです。

 『蟹工船』
 オホーツク海で奴隷のようにこき使われる労働者の実態を描いた小説です。
 財閥と軍隊の癒着も描かれています。

 この二つの小説は発禁になりました。
 軍隊を批判したことで不敬罪に問われ銀行は首にななってしまいます。

 僕なら、いくら戦争反対でも生活がかかっているので銀行を首になることはよ~しません。ところが小林先生は、名前を変えて、各地を転々としながらペンでの攻撃を始めるのです。

 そして1933年2月20日、、、特高警察につかまり、拷問によって死亡します。
 まだ29歳でした。

 もし日本が戦争に走ったら、政府や軍部の批判は声高々に言いふらすと思いますが、勇気がでなかった自分自身もちょっとは振り返ろうと思っています。

PS:よければ2019-08-24「八連隊の秘密2」を読んでみてください。
 
  • (2019-09-20 12:01:15)
主婦の店ダイエーの秘密
 暇でしたら2018-08-28「ダイエーの秘密3」をお読みください。
ダイエー.jpg ダイエーの1号店の話を載せております。

 1957年(僕の生まれた年・淡路東宝の生まれた年)、すぐ近所の千林駅前に『主婦の店ダイエー』ができたのです。
 1974年(僕は高校2年生)まで存在していたので覚えています。
 まだ豊里大橋はなく、大道南(当時は南大道町)の主婦は「平田の渡し」(渡し舟)で対岸に渡り千林商店街に買い物に出かけたのです。
 (だいぶ昔やけど2011-11-17「渡し船の秘密」読んで下さい)

戦う商人.png 「戦う商人・中内功ーダイエーは何を目指したのか」という本があります。筆者は秘書室長だった小榑雅章さんです。

 一銭五厘(郵便代金)の赤紙(召集令状)で南方戦線に送られた中内さんは、ゲリラ戦で米軍基地を襲撃した時、米兵たちが石油発動機でアイスクリームを作っていたことに大きな衝撃を受けました。当時日本兵は食事らしい食事をとっておらず、ガソリンの一滴は血の一滴と教えられ、石油は超貴重なものだったからです。

 「フィリピンのジャングルの中で、食えるものは何でも食った。ヒルも草の根も食べた。ゴキブリも食ったがあれは食えない。腹が減ってどうしようもないとき、兵は食い物の話をした。すき焼きと白いどんぶり飯を腹いっぱい食う話をした。話をすると、ちょっとだけ食ったような気になった」と中内さんは語っています。
 
 また「万一、日本に戻れたら、なによりもすき焼きを食べようと思った。将校や特権階級や金持ではない、ふつうの庶民が、おいしい牛肉を、野菜を、たらふく食べられるような世の中にしなければならないのだ。そのためには、少しでも安い牛肉や野菜を庶民に提供しなければならない。自分は、そのためにダイエーをつくった。庶民のためにダイエーをつくった」とも語っています。

 今、僕は高級料亭には行くことができませんが、スーパーで買った牛肉で腹いっぱいすき焼きを食べることはできます。
 そして前回記載したように、毎夜ローソンに出没して『宇治金時』を食べることもできるのです。

 中内功さんをはじめとする先人に感謝します。
  • (2019-09-18 10:48:08)
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